データ品質の改善に取り組み、入力ルールを決め、月次でデータをチェックする運用まで立ち上げた。ところが、それを進めていた担当者が異動してしばらく経ってから見てみると、ルールは守られておらず、月次のチェックは止まり、BIのレポートは誰も開いていなかった——。立ち上げることよりも、立ち上げたものを人が替わっても回し続けることのほうが難しい、という話です。
データが劣化していくメカニズムと、維持に必要な3つの要素(モニタリング・ルールの文書化・オーナーシップ)については、データ品質は「一度直せば終わり」ではない:継続管理の3つの要素で整理しています。本記事はそのうち、担当者が替わる場面だけを取り出します。仕組みを作ること自体ではなく、作った仕組みを人から切り離してどこに置くか、という話です。
なぜ、引き継ぎ資料を残しても止まるのか
引き継ぎ資料で渡るのは「手順」です。渡らないのは「なぜそれをやるのか」と「やらなかったときに誰が困るのか」です。後任の担当者から見ると、引き継いだ業務のなかでデータ品質の運用だけが、やめても当面は誰からも何も言われない仕事になっています。締め切りのある業務が重なれば、後回しにされるのは自然な順番です。
止まる理由を分解すると、おおむね次の3つに収まります。いずれも後任の担当者の意欲の問題ではなく、運用の置き場所の問題です。
- 運用が1人にぶら下がっている:入力ルールの周知も、月次のチェックも、現場からの「この数字おかしい」の受け付けも、同じ1人が担っている。その人が抜けると3つとも同時に止まります
- やめても当面は数字が動かない:データ品質の運用は、止めた瞬間には何も起きません。影響が出るのは数か月先なので、止めた判断が誤りだったと分かるころには、誰が何をやめたのかも追えなくなっています
- 現場にとって自分の仕事になっていない:入力ルールを守る側に、守ると何が良くなるのかが伝わっていない。「IT部門から言われているからやる」状態だと、言う人がいなくなった時点で終わります
以下では、この置き換えを3つに分けて説明します。データ品質の管理に必要な要素を網羅したものではなく、担当者が替わる場面に絞った整理です。また、置き場所を分けることは責任を分けることではありません。最終的に判断する人、日々の確認をする人、指摘を受けて対応する人がそれぞれ誰なのかは、分けたあとも決めておく必要があります。
止まったことに気づくのは、だいぶ後になってから
この問題が厄介なのは、止まった瞬間には誰も困らないことです。異動の直後は引き継ぎ資料も渡っていて、前任者が整えたデータもまだきれいなので、何の問題も起きていないように見えます。異常が目に見える形で出てくるのは、データが業務の変化に追いつかなくなってからです。
そのころには、BIのレポートを開いた担当者が「この数字は合っていない気がする」と感じ、Excelで自分用に作り直すようになっています。一度その流れができると、レポートの側を直しても戻ってきません。止まった運用を復旧するコストより、現場の信頼を取り戻すコストのほうが高くつきます。
置き場所① 職務記述書に「役割」として書く
最初にやることは、データ品質の運用を人の名前から切り離すことです。「このデータは○○さんが見ている」ではなく、「このデータの登録内容の妥当性は、営業管理の担当者が確認する」と、役割の側に書きます。書く先は職務記述書でも、部門の業務分掌でも、運用手順書の冒頭でもかまいません。異動のたびに引き継ぎ対象として必ず目に入る場所であることが条件です。
このとき、担当する範囲を「データ品質全般」のように広く書かないでください。広い書き方をすると、後任は何をすればよいか分からず、結果として何もしなくなります。「顧客マスタの新規登録を週1回確認する」「重複の疑いがある行の一覧を月初に見る」のように、作業と頻度まで落として書きます。役割を誰がどう担うかの設計そのものについてはデータオーナー制度の作り方:業務部門にデータ品質責任を根付かせる実践ガイドで詳しく扱っています。
置き場所② 部門のKPIに品質の数字を1つ入れる
役割を書いただけでは、繁忙期に後回しにされます。後回しにされない状態を作るには、やったかどうかが部門の数字として見えている必要があります。部門のKPIに、データ品質の指標をまず1つ加えてください。最初から数を増やすと、どれも見られないまま残ります。運用が回り始めてから、業務上の重要度に応じて増やします。
指標は、現場の行動と改善策が結びつくものを選びます。「顧客マスタの必須項目の空欄率」「取引先名の表記ゆれの件数」のように、何をすれば数字が動くかが見えるものが適しています。「BIレポートの精度」のように複数部門の要因が混ざる指標は、誰の努力で動いたのかが分からず、改善の動機になりません。なお空欄率や表記ゆれは、入力する人だけでなく入力画面の作りやシステム間の連携にも左右されます。数字が動かないときは、現場の運用だけでなくその手前も見てください。どの指標をどう測るかはデータ品質を数値で継続管理する:モニタリングKPIの設計と運用にまとめています。
なお、KPIに入れることは人事評価に関わるため、担当部門の合意なしに進められるものではありません。合意が得られない段階では、評価には連動させず「月次の部門報告に数字を載せるだけ」から始めてください。載せ続けるだけでも、数字が悪いまま放置されにくくなります。
置き場所③ 現場が気づいたことを出せる窓口を1つ作る
データの不備に最初に気づくのは、たいてい現場です。「この取引先、先月も二重に登録されていた」という気づきが担当者の頭の中で止まっていると、運用を回している人が替わった瞬間に情報が流れなくなります。誰でも出せる窓口を1つ用意してください。社内チャットの専用チャンネル、入力フォーム、既存のヘルプデスクへのカテゴリ追加、いずれでもかまいません。
窓口を作るときに重要なのは、数より応答です。出した指摘に対して「確認しました」「これは仕様です」「来月直します」のいずれかが必ず返る状態を作ってください。返らない窓口は数か月で誰も使わなくなり、そうなると窓口があること自体が「報告しても無駄だ」という証拠になってしまいます。1人で受けきれない量になったら、返答の担当を輪番にするほうが、窓口を閉じるよりも損失が小さくなります。
3つのうち、どれから始めるか
3つを同時に作る必要はありません。むしろ同時に始めると、どれも中途半端なまま次の異動を迎えます。いまの組織の状態で、いちばん摩擦が小さいものから1つだけ始めてください。目安は次のとおりです。
- 担当者が近く異動しそう、あるいは分かる人が1人しかいない:①から。運用手順書に役割と頻度を書き足すだけなら、その日のうちに着手できます。職務記述書や部門の業務分掌に反映する場合は、上長や人事との調整が必要になります
- 経営層や部門長がデータ品質に関心を持っている:②から。関心があるうちに数字を報告ラインに載せておくと、担当者が替わっても報告は続きます
- 現場から不満の声は出ているが、改善要望として上がってこない:③から。声が出ている状態は窓口が使われやすく、最初の成果も出やすくなります
どれも当てはまらない場合は①を選んでください。②と③は、役割が決まっていないと「誰がKPIを報告するのか」「誰が窓口に返答するのか」が決まらず、結局は元の1人に戻ります。
仕組みが残っている組織では、何が違って見えるか
3つの置き場所が機能している組織では、新しいBIレポートやAIの活用を検討するときに、業務部門の側から「このデータは誰が管理していて、いまどのくらい信用できるのか」という確認が出てきます。IT部門が品質を説明しに行くのではなく、使う側が先に確認する状態です。この順番になっていると、データが使える状態かどうかの判断を、プロジェクトの初期にできるようになります。
もう1つの違いは、担当者の異動が議題になることです。「来月○○さんが異動するので、顧客マスタの確認を誰が引き継ぐか決めておきたい」という会話が出るようになります。属人化していた時期には、この会話はそもそも発生していません。その業務があること自体が、周囲に見えていないからです。
よくある質問
専任の担当者を置く余裕がありません。それでも続けられますか。
専任でなくても続きます。本記事の3つは、いずれも新しい人員を前提にしていません。既存の担当者の業務のなかに、作業と頻度を決めた形で組み込んでください。なお、専任者を置くこと自体が属人化を招くわけではありません。問題になるのは、判断・作業・手順の把握がその1人だけに集まっている状態です。専任者を置く場合も、代わりに対応できる人をあらかじめ決めておいてください。ただし、業務量が明らかに1人分を超えている場合は、置き方の問題ではなく体制の問題です。専任を置くかどうかの判断材料はデータ品質の専任担当者を置くべきか:役割・スキル・採用・外部委託の考え方にまとめています。
引き継ぎのタイミングで、手順書のほかに何を渡せばよいですか。
「直近3か月に現場から出た指摘と、それぞれどう処理したか」の一覧を渡してください。手順書はやり方を伝えますが、この一覧は何が実際に起きているかを伝えます。後任が最初に困るのは、手順が分からないことではなく、判断に迷ったときの前例がないことです。あわせて、過去に止めた運用があれば止めた理由も残してください。理由が残っていないと、後任が同じ検討を一から繰り返すことになります。
経営層にデータ品質の重要性をどう説明すればよいですか。
重要性そのものを説明するより、いま出ている手戻りを金額か時間に置き換えて示すほうが通りやすくなります。「月次の集計で、数字の突き合わせに毎月○人日かかっている」「同じ取引先に二重で請求書を出し、先月○件の訂正が発生した」のような、すでに発生している損失です。将来の効果の見積もりは前提の置き方で変わるため、議論が前提の妥当性のほうに移ってしまいます。説明の組み立て方はデータ品質改善のROI計算:コスト削減・AI精度向上・意思決定ミス回避を数値化する方法で扱っています。
まとめ
データ品質の運用が止まるのは、後任の担当者の意欲が足りないからではありません。運用が人にぶら下がったままになっていて、その人が抜けると一緒に消える形になっているからです。
本記事では、運用を人から切り離す置き場所を3つ挙げました。役割として職務記述書に書くこと、部門のKPIに品質の数字を1つ入れること、現場が気づいたことを出せる窓口を1つ作ること。3つ同時に始める必要はなく、いまの組織でいちばん摩擦の小さいものから1つで十分です。どれにするか決まらない場合は、役割の記述から始めてください。
BIやAIの活用は、データが使える状態であり続けることが前提になります。その前提を1人に預けている状態は、その人の異動が決まった時点でリスクになります。データ品質を維持する体制の設計・立ち上げ支援についてはBFT Insightにご相談ください。